[寄稿]「エンジニアって要は労働集約型のアレでしょう、という話」なぜ採用人事とエンジニアの間に壁ができるのか?

2013/08/29    カテゴリー: 寄稿



当ブログを運営している株式会社garbsの”エンジニアとクリエイターのためのポートフォリオサービス「Forkwell」”の公式ブログ(表参道フォークウヱル別館)では、主にエンジニア向けの記事を掲載していますが、企業の採用に関わる経営者さま・人事さまに是非お読みいたただきたい記事がございましたので、今回は記事の転載をお届けいたします。

※以下、「表参道フォークウヱル別館」ブログの転載記事です。



前回に引き続きサカタカツミさんによる寄稿シリーズの第2回目をお送りします。
前回の記事では社内のエンジニアと人事の間の壁について語っていただきましたが、今回はなぜその壁ができてしまうかについて踏み込んだ内容になっています。

サカタさんは CodeIQ のプロデューサーもされていて、日常的にそのクライアントとなるエンジニア採用担当の方々と接する機会があるわけですが、その中で聞く人事のホンネについて赤裸々に語ってくださっています。

正直、聞いててカチンと来ること多々ありです。しかし私の立場としては、単純に反発するのではなく、この溝を生む人事側の意識を受け止めた上で今後の「Forkwell Jobs」のあり方とか、このブログの記事の書き方とかを考えないとなあ、と思わされる示唆に富んだ記事でした。

エンジニアって要は労働集約型のアレでしょう、という話

『CodeIQ』というサービスをプロデュースしていますので、さまざまな方からエンジニア採用に関して意見を求められたり、実際に相談を持ちかけられたりする機会は少なくありません。そこで、細かい市場データを持ち出してエンジニア採用の現状を説明したり、採用そのものも意外に骨が折れることを話したりしていると「だけどなー」とつぶやきながら、以下のような反応をする採用担当者がいます。

「エンジニアというか、プログラマーって、要は労働集約型のアレですよね。別に何か特殊な能力があるとか、自分でなにか発明できるという仕事じゃないですし、極論すれば『誰でも良い仕事』って感じ。仕様書通りに仕事ができればそれでいいというレベルでしょう、みんな欲しがるのは。それなのに、どうしてエンジニア採用は難しいと特別扱いするのか、よくわからないなぁ」

 

これを読んで「ふざけるなよ」とか「だったら自分で書けよ」と憤ってしまうエンジニアの皆さんがたくさんいることは容易に想像できます。しかし、前回のエントリーにも書きましたが、そもそもエンジニアの仕事内容を十分に把握していない採用担当者だと、こういう反応をしてしまうケースも珍しくない。

おおかゆかさんは『俺の求人の応募者がこんなにスキルが低いわけがない』というエントリーでエンジニア採用において企業がやるべきことは『ターゲットとしているエンジニアの目線に立って、彼らが欲している情報を的確に伝えること』と書いていますが、目線に立つ以前に、エンジニアそのものがまるで理解できていないことも、割と多いのです。

エンジニアといっても『千差万別』という当たり前の事実

「エンジニアって要は労働集約型のアレでしょう?」という話が出ると、必ずセットになるのが『エンジニアといっても千差万別』という当たり前の話。採用担当者の心のうちは、こんな風に吐き出されていきます。

「ジーニアスなエンジニアを採用したいというなら、凄く苦労すると思いますよ。そういう人は業界でも少ないでしょうし、そもそも間違いなく転職活動なんてしない。引き抜かれて移籍していくというタイプでしょうし。でも、エンジニアがすべてそうか、といわれれば違うでしょう?」

エンジニア採用をしている企業のほとんどは『フツーのエンジニア』が欲しいだけ。ただ、そのフツーと称されるエンジニアすら転職市場での数が足りていないからエンジニア採用は大変だといわれているだけだ、と断言する『エンジニアのことはあまりよくわからない採用担当者』もいるほどです。

先のエントリーでおおかゆかさんは『プログラミング経験3年以上、Java業務経験2年以上、××の実務経験、○○の運用経験、さらに△△の経験を優遇と応募資格を延々と書き連ねてある』大学の入試要項系の求人を揶揄していますが、このスタイルは他の職種の求人では、ごく一般的なスタイルです。それがダメだといわれても、エンジニアに理解の乏しい採用担当者は、ピンと来ない。

「フツーのエンジニアをフツーに採用しようと考えて、フツーの求人広告を作って出してもダメだといわれても、困ります。何様?という気になりますよ」

そんなことだから採用できないのだが、という台詞を、私はその場で飲み込み我慢しましたが、労働集約型のアレといってしまい、フツーでいいのにと考えてしまう採用担当者がいる限り、人手が足りなくて苦労している現場のエンジニアが浮かばれない日々が続く可能性は、きわめて高いのです。

従業員に求めていることをエンジニアに求めて何が悪い?

さらにエンジニア採用を難しくしている要因に『コードが書けるだけではダメである』という採用担当者や経営陣のポリシーがあります。

私がプロデュースしている『CodeIQ』というサービスでは、事前にコードを書いてもらって、それを企業のエンジニアがチェック、会ってみたいという人とミートアップ(面接ではありません)を設定して、エンジニア同士で話をするというスタイルを採っています。この説明をすると、難色を示す採用担当者は眉をひそめます。

「求められた水準でコードが書ける、ということは重要ですが、もっと大切なことがあります。それはウチの従業員としての資質を備えているかどうか、ということです」

例えばこういうことです。ちゃんとしたコードが書けたとしても、客先で折衝が上手くできないエンジニアはいらない。また、一定の年齢に達したとき、下の人間の面倒をきちんとみて、いわゆるマネージメント能力がなさそうなエンジニアは必要ない。それだったら、コードを書く能力はそれほど高くなくても人間性が優れている(=意味不明な言葉だとは思いますが、ママ)エンジニアを採りたい。だから、コードで判断する転職サービスは使えないと。

「極論すれば、良いコードを書くプログラマーが必要なら外注すればいい。企業としては、自社の採用基準にそった人間を採るべきで、それはエンジニアでも営業担当者でも、総務人事の人間であっても変わりません」

エンジニアが客先で折衝するケースはあるのですか? と質問したところ、ないですと答えるので、だったらその資質は必要なのですか? とさらにぶつけてみたところ「社会人として当然のスキルですよね」と。

生涯『1プログラマー』として働きたいという考えのエンジニアは? と質問すると「給料があがらないという状況でよければいいですが、そういうのはダメでしょう? だとしたら、自社の給与テーブルに沿った(エンジニアとしてではなく従業員としての)仕事をしてもらわないとダメです」とにべもない。

さらに、おおかゆかさんが先のエントリーで触れている『会社の理念と仕事のやりがいを前面に押し出し(中略)リア充感満載の求人』にしても、出稿する立場の人間からすると、価値観が共有できない人とは一緒に働けない、たとえそれがエンジニアであったとしても、ということの裏返しなのです。

応募者のスキル、という言葉ですら企業は勘違いしている

エンジニアとして仕事ができない人は困るけど、さりとてエンジニアの仕事『だけ』ができる人も困るし、全部できる人がいいけどいないから、どれも『そこそこ』のエンジニアが欲しい。けど、そんな人もなかなかいないので、エンジニア採用は難しいと思われている。

エンジニアの人からみれば突っ込みどころが満載でしょう。けれども、残念なお知らせになりますが、これが(すべてとはいいませんが)現状です。書いていて悲しくなるくらいですから、読んでいる皆さんはもっと悲しくなるはず。

エンジニアの皆さんがこの悲しさから逃れる方法は一つしかありません。それは『ピンと来ないアプローチをしてくる企業には近づかない!』これに尽きるでしょう。前回の寄稿の後、私は自分自身のブログのサブノート的なエントリーを書きました。そこから少し抜粋してみましょう。

エンジニア採用に長けている企業は、エンジニア出身の採用担当者がいて、気持ちの斟酌が上手い。もしくは組織を作るときにエンジニアの気持ちを理解できる人がいて、彼らが働きやすいように職場環境やキャリアプランを整えることが多い。

そういう企業が、エンジニアの間で働きやすい会社だと評判を呼んで、結果として、エンジニア採用が上手い企業になる。そのサイクルが回っている企業は人気も高いので、確かに入社するのは難しいかもしれません。けれども、幸せなエンジニアライフを送りたいと考えるエンジニアは、難関をくぐり抜けなければならない。同時に、そういう環境づくりにも積極的に関与しなければ「労働集約型のアレでしょう?」と、言われ続けることにもなるのです。

(サカタカツミ – クリエイティブディレクター)

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